土砂災害のしくみ

岩松 暉(『消防科学と情報』,No.60, 8-11, 2000)


1.土砂災害とは

 土砂災害と一口に言ってもいろいろある。一般には地すべり・がけ崩れ(崩壊)・土石流と分類される。この分類には自然現象としての地すべり等々と、社会現象としての災害とを混同している本質的な欠点がある。無人島でがけ崩れがあっても、それは浸食作用という単なる地質現象に過ぎず、災害と言わないからである。しかし、ここでは慣例に従っておこう。

2.地すべり

 土砂災害のうち、もっとも大規模なものが地すべりである。家や田畑を乗せたまま動くことすらある。地すべり等防止法は、「土地の一部が地下水などに起因してすべる現象またはこれに伴って移動する現象」と定義している。法律を起案した人たちが水文地質学者だったため、地下水の役割を強調したものであろう。その他、人によってさまざまな定義が与えられている。共通項を探ると、泥岩や結晶片岩あるいは温泉余土などの特別な地質条件のところで、重力の作用によって塊状を保ちながら比較的ゆっくりとすべる現象であり、降雨や融雪期に地下水の急激な増加によって発生する。また、明確な分離面をもち、しばしば地すべり粘土を伴う。一度すべってしまうと免疫を獲得し、しばらくは安定する。なお、現在見られる地すべりの多くは、氷河期など地すべり多発時代に発生した古い地すべりが再活動したものという。したがって、古い地すべり地を地形から判読すれば、その中に活地すべりが含まれる。建設省・農水省等の地すべり指定地がそれである。
 前述のように、地すべりの動きは緩慢なため、前兆現象が認められてから避難しても間に合うので、大規模な割には死者を伴うことは少ない。前兆現象としては、頭部に亀裂が入ったり、末端部でせり出したりといった変状がある。地下で地面が滑るわけだから、草や木の根が断ち切られて枯れたり、木の幹が曲がって生長したり、井戸水が濁ったりすることも多い。もっとも変状といっても、平常の状態を知らなければ異常かどうか判断できないわけである。地すべり指定地に住む人は、常日頃、裏山を見回り、注意深く観察することが重要である。
 なお、近年道路切り土法面で、応力解放に伴う岩盤すべりが発生し、事故を引き起こす例が見られるようになった。岩盤すべりは全く新しいところに発生するので、事前に発見することが難しい。

3.がけ崩れ(崩壊)

 がけ崩れ(崩壊)とは、地質の如何に関わらず急傾斜地で、斜面表層物質が急速に滑落する現象である。比較的小規模だが、群発する傾向がある。豪雨や地震が誘因となって発生する。
 がけ崩れのしくみは単純である。岩石が風化して植生が繁茂すると土壌が形成される。土壌は団粒構造を持ち、空気や水を保持するから、植物の生長には好都合だが、力学的には弱い。したがって、表土層がある程度の厚さになると、斜面の傾斜との関係で、耐えきれなくなり崩壊する。それががけ崩れである。
 もちろん、岩石種によって風化の進行に遅速はある。シラスのようにもともと軟弱なものや、花崗岩のように粗粒でかつ風化しやすい雲母や長石を多く含む岩石では、岩石の劣化や風化が早いから、しばしば崩壊が発生する。しかし、岩石が風化し植生が繁茂するのは自然の摂理ゆえ、どのような岩石でも起こり得る。地質の如何に関わらずと述べた理由である。したがって、風化や劣化の進行速度、すなわち表土の形成速度と斜面の傾斜角との関係で、崩壊の発生周期が決まる。地質学では昔から崩壊輪廻と呼んできた。すなわち、緑豊かに大木が繁っているところが、そろそろ危ないところである。もちろん、急傾斜のところほど厚い表土を保ち得ないので、周期が短い。
 先に述べたように、がけ崩れの場合、土砂が急速に滑落するので、前兆現象を知ってからでは避難する余裕がほとんどない。それ故、崩壊輪廻などを用いて危険個所をあらかじめ調べておき、防災対策を講じておくことが肝要である。とくにがけ下地の住民には、危険地であることを周知しておかなければならない。一方、住民は大雨時には雨の降り方に注意を払い、警戒雨量に達する前に機敏に避難するように心がけることが大切である。

4.土石流

 土石流は渓流に沿って水を多量に含んだ土石が急速に流下する現象である。渓床礫(川底の石ころ)が大雨の時独りでに動き出すケースは稀で、ほとんどの場合、上流部の谷壁で起きたがけ崩れが引き金になって発生する。崩壊土砂が渓流になだれ込んで、水を得て流動化し、次々に渓床礫を巻き込んで雪だるま式に大きくなりスピードを増す。途中の曲流部ではボブスレーのように遠心力で乗り上げ、谷壁を削りとる。裾を切り取られるので、崩壊が誘発されることもある。そうすると土石流はますますふくれ上がる。谷から扇状地や平野部に出ると、運動量が大きいため、直進する傾向があり、本来の流路からはずれることもしばしばある。
 急速な運動という点では上記のがけ崩れと同じであるが、土砂量ががけ崩れに比して格段に多いから、多数の犠牲者を出す痛ましい大災害に発展することが多い。したがって、危険渓流を特定し、事前の防災対策を講じておくことがとくに重要である。それでは土石流危険渓流とはどのようなところか。岩塊が渓床(川底)に堆積していなければ土石流は起きないから、川底に大きな石がゴロゴロしているいわゆるガレ沢が危険である。その出口、土石流扇状地に立地している集落は、土石流災害に見舞われる恐れが強いということを自覚し、大雨時には、山奥で山鳴りがしたり、沢の水が急に少なくなったりするなどの前兆現象に注意しなければならない。地質的には、岩塊の生産されやすい地質のところにある急流が要注意河川である。すなわち、ブロック溶岩からなる火山や節理(岩石の割れ目)の発達した岩石が分布するところが危ない。火山岩や花崗岩は冷却節理が発達しているし、塊状砂岩なども構造性節理が発達しているので、他の岩石に比し、土石流が多い。

5.岩盤崩落

 北海道の豊浜トンネル事故は衝撃的だった。ここは水中自破砕岩が分布しているところである。陸上の溶岩などと異なり、水中に噴出した溶岩や水中に積もった凝灰岩は、あまり節理が発達していないため、ブロック状に割れないので、岩盤としては良好だが、逆に豊浜のような超巨大岩塊になる。従来、良好な岩盤として防災面では注目されてこなかったから、まさに盲点を突かれたといってよい。北海道や日本海沿岸のグリーンタフ地帯では注意しなければならない。
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更新日:2000年5月9日