岩松 暉著『残照』9


不良債権と「おじいさんのランプ」

 世は平成大不況、学生の就職がなくて大学も大変である。不良債権整理が焦眉の課題だと、サミットで外国からやいやいせっつかれているが、政財界は一向に重い腰を上げない。企業も情け容赦のないリストラをやって生き残りを図っている。しかし、不良債権というのは、煎じ詰めれば、時代遅れになった産業を依然として保護しようとしたから生まれたのである。そこで、新美南吉(1913-1943)の「おじいさんのランプ」(1942有光社刊)を思い出した。
 みなし児の巳之助がランプ屋になって身を立て、文明開化を村にもたらした。しかし、やがて電気の時代になる。電灯導入を決めた区長宅に放火を企てるが、結局、村はずれの池の木の枝にランプを全部吊し、真昼のように明るくした。そして小石を投げて一つひとつ壊す。こうして巳之助は古い商売をきっぱり止め本屋になった。おじいさんになった巳之助が「日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことは決してしないということだ」と孫に語るところで終わっている。
 さて、今のわが国のリーダーに巳之助のような潔い実行力のある人材がいるのだろうか。構造改革とは産業構造の大転換を意味する。福祉などのセイフティーネットを十分張った上で、教育により職種転換を推進する必要があろう。もっとも政財界だけではない、わが地質学界も同様である。資源産業の発展と共に資源中心の学問体系を築いてきたが、21世紀は環境の時代になるに違いない。現に大学卒業生の大部分が就職する地質調査業でも、公共事業の縮減に伴い、環境や防災の仕事に軸足を移しつつある。しかるに未だに旧来の学問体系に固執して、新しい学問体系を構築しようとの動きがない。「古いしょうばいにかじりついて」いるのである。こうした時、大学では新しく創った地球環境科学科や生命化学科を廃止して元の地学科・生物学科等々の5学科体制に戻そうとの動きがある。フランス革命時のアンシャンレジームが想起される。ヤレヤレ。

(2002.10.7 稿)


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更新日:2002年10月7日