岩松 暉著『残照』4


ハーモニーの復権

 JALの機内誌を読んだ。作曲家三枝成彰さんの話が載っていた。
 ベートーヴェン以降の音楽は、「心地よさを求めるのではなく思想を伝えること」、要するに「個」の表出であるとしたという。20世紀の音楽はさらに進み、基本的に大切なのはコンセプトであり、それまでの人類が持たなかった新しい何かを生み出すことに最大の価値を見出してきた。
 では21世紀の音楽はどうなるか。三枝さんは言う。
「芸術は理念ではなく官能に復帰した方がいい、美しいメロディーとハーモニーの復権が求められている」と。
 さらに面白い喩えを述べている。
 「人間はやはり42度を超えたお湯のお風呂には入れない。何とか50度のお湯のお風呂に挑戦してみたが、やっぱり違う。」そう気づいたのがこの20世紀末ではないだろうか。
 音楽の世界だけではない。一般社会も近代化をとことん追求してきた。24時間働けますかと、企業戦士として遮二無二働き、飽食の時代を実現したが、ふと気が付いてみるとむなしい。本当の豊かさとは何か、自問自答しているところである。ぬるま湯に飽きたらず、社会主義の理想を夢見た人たちもいた。しかし、やっぱり50度のお湯には入れないと気が付いたのも20世紀だった。社会主義崩壊後の世紀末は、一見アメリカ的資本主義、カウボーイ資本主義の一人勝ちのように見える。弱肉強食の実力主義社会が到来すると喧伝されている。しかし、これは今世紀最後のあだ花で終わるだろう。人類はもう十分疲れ切っている。美しいメロディーを切望しているのだ。恐らく早晩アメリカ的なやり方は行き詰まり、ヨーロッパ的なハーモニーが復権するであろう。

(1999.7.4 稿)


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更新日:1999年7月4日