岩松 暉著『残照』2


土建政治

 5月の声を聞くと就職戦線も終盤戦に入る。今の4年生は旧地学科最後の卒業生、地質関係の会社に送り出す最後の人材である。ところがところが、地質コンサルタント志望は男性ゼロ、女性2人だけという。
 どうしてこうも地質関係は不人気なのだろうか。さまざまな理由があるだろうが、その一つに土建業に対する悪いイメージがある。ひと頃3K職場と言われた。「キケン、キツイ、キタナイ」の3Kである。その「キタナイ」には「泥まみれ」の他に、談合・癒着・贈収賄といった「ダーティー」という意味もある。いつの時代も若者には正義感があり、潔癖な側面を持っているからである。安保世代や全共闘世代の「怒れる若者」と違って、今の若者は政治には無関心で自閉症児だとよく言われるが、それは外見であって本質はそう変わっていない。みずみずしい感性はわれわれ中高年にはない若者の特権である。
 折りもおり、建設業協会鹿児島支部が「隠し口座で政治献金」と大々的に報じられた。地元選出国会議員のパーティー券購入などに当てていたらしい。議員に金を渡して見返りに公共事業を自分たちに発注してもらおうとの、昔ながらの図式である。選挙運動にも狩り出されるらしい。演説会のニュースでは、土建会社のマイクロバスによる社員動員風景がよく放映される。こんな姿をテレビで見ているから、学生たちはダーティーとのイメージを持つのだろう。これでは後継者難になって当然である。
 こんなことをいつまでも繰り返していてよいのだろうか。現在APECエンジニアなど技術者の国際的相互承認が話題になっている。6月には日本技術者教育認定機構(JABEE)が発足する。この資格要件の中では倫理のことがしきりと強調されている。物の移動には関税障壁が撤廃された。今度は人の自由な移動を保証せよとのWTOの勧告に従って出されたのがこの制度である。国境を越えた入札競争になれば、当然、入札や発注の透明性も求められる。外国に対して、日本の会社に発注したのは、族議員が動いたからだなどとは説明できない。受注会社の技術水準を客観的に証明出来なければならないからである。また、先日情報公開法が成立したのも、これと連動している。今まではどんないい加減な調査報告書でも守秘義務の壁で守られていたが、これからは著作権がコンサルタントに認められる代わりに、内容が白日の下に曝される。建設CALSで電子納品を推し進めているのも、やはり関係がある。データベース化され、自由に閲覧できるようになれば、実力の違いは明白になる。アメリカ的な実力主義の到来である。
 そんなことは杞憂だと一笑に付す人がいるかも知れない。ISO9001にしても、「ISOって何?」と言っている間に、取得しなければ仕事が来ない事態になった。このことが端的に示すように、今の時代は変化のスピードが速い。好むと好まざるとに関わらず、カウボーイ資本主義の時代になったのだ。これからは、ガンさばきが少しでもうまく、1秒でも先に発射したほうが勝ちという冷徹な原理が支配する。官民癒着して護送船団方式を取ってきた日本的社会主義ないし官主主義の時代は終わったのである。金融業界の破綻がそれを証明している。ゼネコンの再編も日程に上っているという。それなのに、まだ土建業界は昔の夢を追っていてよいのだろうか。談合で中央の業者を閉め出すなどと言っている段階ではない。今は何をおいても技術水準を高める努力をしなければならない。そうでなければ技術の劣る地方業者は軒並み駆逐されるであろう。それどころか、中央業者とて安閑としてはいられない。外国の業者が日本の公共事業をさらっていく恐れすらある。
 土建業界やコンサルタント業界も旧弊を廃し、一刻も早く時代に即応して、若者に夢と希望を与える職場になって欲しいと思う。(1999.5.30 稿)

 1999年8月3日のマスコミ報道によれば、公正取引委員会は千葉県内の建設コンサルタント業務や地質調査業務に関して、総計292社が談合をやったとして排除勧告をしたという。卒業生が就職している主要な会社はほとんど網羅されている。やれやれ。(1999.8.4 追記)


前ページ|ページ先頭|次ページ

連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1999年8月4日